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奈良地方裁判所 昭和56年(ワ)113号 判決 1986年7月30日

奈良県天理市石上町上出七六五の四

原告

尾村裕司

右訴訟代理人弁護士

吉田恒俊

佐藤眞理

相良博美

東京都千代田区霞ヶ関一の一

被告

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

笠原嘉人

浅利安弘

津崎渉

日鷹修一

葛原大二郎

田原煕美

古木忠顯

右当事者間の頭書事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年三月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  主文の同旨

2  仮執行の宣言が付される場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一、請求の原因

1  原告は、商品等を容れる紙箱の製造加工業者である。

2  原告は、昭和四六年分ないし昭和四八年分の各事業所得につき、別紙(一)の申告欄記載のとおり所得税の申告をしたところ、奈良税務署長(当時は篠原秀峰)は、これに対し、昭和五〇年三月一日付で、別紙(一)の更正処分欄記載のとおり更正処分(以下、本件各更正処分という)をした。そこで、原告は、本件各更正処分に対し、異議申立をしたところ、奈良税務署長は、同年七月一一日付で、別紙(一)の異議決定欄記載のとおり本件各更正処分を一部取消す旨の異議決定をしたので、続いて審査請求をしたところ、国税不服審判所は、昭和五二年四月一五日付で、別紙(一)の裁決欄記載のとおり本件各更正処分を一部取消す旨の裁決をした。

しかし、原告は、右裁決に不服であるので、奈良地方裁判所に対し、本件各更正処分の取消請求の訴え(以下、本件行政訴訟という)を提起したところ、同裁判所は、原告の請求をいずれも棄却する旨の判決をしたが、これに対する控訴審である大阪高等裁判所は、昭和五八年六月二九日、別紙(二)記載のとおり原判決を一部変更する判決をなし、その後右判決は確定した。

3  本件各更正処分は、本件行政訴訟の控訴審判決と対比すると、昭和四六年分において金八八万七、六三二円、昭和四七年分において金五一万五、〇一八円、昭和四八年において金四八八万九、六一九円という過剰の所得額、すなわち昭和四六年分においては本来の所得額の六九パーセント増し、昭和四七年分において同じく六〇パーセント増し、昭和四八年度において同じく三一一パーセント増しという過大な所得額を認定するという誤りを犯していたことが明らかであり、違法である。

しかして、右の如き違法な更正処分がなされるに至つたのは、奈良税務署長が本件各更正処分をするに当り、原告の帳簿書類を一切調査をせず、又、右帳簿書類を調査しない以上、これに代る適切な反面調査をすべきであるのにかかわらず、原告の得意先や仕入先について必要最低限度の調査もせず、合理的な推計手段を講じなかつたことに基因するものである。

本件処分は客観的な資料や合理的な根拠なくしてなされた見込み課税である。

4  本件各更正処分は、奈良税務署長が奈良民主商工会に対する攻撃、弾圧の一環としてなしたものであり、又、同署長が原告に対する右民主商工会からの脱会工作に失敗したために何らの根拠もなく懲罰的にこれをなしたものである。従つて本件処分は奈良税務署長による職権濫用の行為であり、故意又は過失による不法行為を構成するものである。

その間の事情は次のとおりである。

(一) 原告は昭和四九年一二月初め頃奈良民主商工会々員となつたものであるが、その頃奈良税務署職員が税務調査に原告方に出向いてきた際、原告において自己の経営内容の説明のため奈良民主商工会事務局員加藤宣之の立会を求めたところ、右税務署員は加藤の立会を認めず、同人が原告の側にいると言うことだけで調査に着手しなかつた。

しかし、仮に右税務署員において加藤の立会を拒否する権限があるのであれば、その根拠を告げて退去を求めるべきである。しかも、その場合に加藤が退去しないからといつて調査を拒否すべき理由にはならない。加藤において調査の妨害行為があればともかく、調査に協力して説明するのだから税務署員としては調査はなすべきである。加藤が立会つていると調査が困難であるということは全くない。加藤の立会があるからといつて全く原告の帳簿書類の調査をすることなく本件処分を行つたのは誤つている。

(二) 仮に加藤の立会があるからといつて税務署員が原告の帳簿書類を調査しなかつた点に非難されるべき誤りがなかつたとしても、そのことから直ちに推計課税を行つたり、見込み課税をして更正処分をすることは許されない。しかるに、本件においては奈良税務署長は、原告の帳簿書類は全く調査せず、最低必要な反面調査すら行わずに直ちに推計課税を行い、本件各更正処分をした。

(三) 奈良税務署長(当時、篠原秀峰)ないし大西統括国税調査官(当時)は、当時大阪市の東税務署第三統括国税調査官であつた堀川清藏に対し、同人が原告の親類に当ることを利用して、原告の前記民主商工会からの脱会工作を依頼した。同人は昭和四九年一二月頃、原告に対し、「民主商工会から脱会しないと親類つき合いをしない。」とか、「脱会しないと多額の税金がかかる。」などと申し向けて右商工会を脱会するように強要し圧力をかけた。

(四) 原告は、奈良税務署長から昭和四二年より青色申告の承認を受けて、毎年青色申告を行つてきた。ところが、昭和五〇年二月二七日で突如として昭和四六年分にさかのぼつて右承認を取消された。しかも、その取消の理由は全く示されれなかつた。原告には右承認を取消されるべき理由は全く存在しない。前記のごとき違法な本件各更正処分をなす前提として青色申告の承認取消しをしたものと考えるほかない。

5  本件各更正処分という不法行為により、原告は次のとおり損害を被つた。

(一) 慰籍料 金一〇〇万円

行政訴訟の控訴審判決確定までの期間とはいえ、本件各更正処分によつて余りにも過大な納税義務を負担せしめられた原告の精神的衝撃、苦痛は甚大である。これを慰籍するものとして金一〇〇万円を請求する。

(二) 得意先喪失による営業損害 金八二万七、六九〇円

奈良税務署長が本件各更正処分をするに至るまでになした反面調査及び本件各更正処分自体によつて、原告は営業上の信用を毀損され、得意先を失い、次のとおり合計金八二万七、六九〇円の損害を被つた。

(1) 原告の利益率を行政訴訟の控訴審の確定判決に基づいて算定すると、昭和四六年分ないし昭和四八年分の平均利益率は一五・六パーセントとなる。

(2) 松岡紙器関係

原告の松岡紙器に対する昭和四六年ないし昭和四八年の三年間の平均売上高は年額金九八万八、一〇九円である。これにら右平均利益率を乗ずると、年当りの平均利益は金一五万二、五八五円となる。

ところで、松岡紙器関係の損害は現在も続いているが、本訴においては当初の五年分にしぼつて請求することにする。その額は合計金七六万二、九二五万円となる。

(3) 大西関係

原告の大西に対する昭和四七年及び昭和四八年の二年間の平均売上高は年額金八万三、〇三八円である。これに前記平均利益率を乗ずると、年当りの平均利益は金一万二、九五三円となる。大西に対する喪失利益についても当初の五年分にしぼつて請求することにすると、その額は合計金六万四、七六五円となる。

(4) 以上のとおり、得意先を失ったことによる損害は総計金八二万七、六九〇円となる。

(三) 弁護士費用 金七〇万円

原告は、行政訴訟第一、二審及び本件訴訟の提起と追行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任した。右費用は、行政訴訟につき第一、二審を通じて着手金、報酬その他の諸費用合計金四〇万円の約束であり、本件訴訟につき右合計金三〇万円の約束をしている。

(四) 諸経費 金五五万円

原告が本件訴訟及び行政訴訟の遂行のために奈良地裁及び大阪高裁に出廷し、あるいは代理人と打合せのために要した回数は一〇〇回を下らない。右打合せ等のために原告が負担した費用は、打合せ等の一回当り、交通費往復平均五〇〇円、日当五、五〇〇円を下らない。従つて右費用相当の損害は金五五万円となる。

(五) 以上の総計は、金三〇七万七、六九〇円となる。

6  ところで、奈良税務署長は、国税の賦課、徴収を司どる国税庁の地方機関の長として、管轄内の国民に対し国税の賦課、徴収権限を有する公務員である。

従つて、被告は、奈良税務署長が、前記の如く、故意又は過失により違法になした本件各更正処分により原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

7  よつて、原告は、被告に対し、本件各更正処分による損害金三〇〇万円及びこれに対する本件各更正処分のなされた日である昭和五〇年三月一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求の原因に対する答弁

1  請求の原因第一項の事実は認める。

2  同第二項の事実は認める。

3  同第三項の主張は否認する。

4  同第四項の主張は否認する。

ただし、奈良税務署職員が、原告主張の頃、原告方に調査に赴いた際、加藤宣之の立会を認めなかつたこと及び奈良税務署長が昭和五〇年二月二七日付で原告に対する昭和四六年以降の所得税の青色申告の承認を取消したことは認める。

5  同第五項の事実は不知。

6  同第六項の主張は否認する。

ただし、奈良税務署長が、原告主張の如く、国税の賦課、徴収権限を有する公務員であることは認める。

7  同七項は争う。

三、被告の主張及び反論

1  原告は、本件各更正処分は奈良税務署長が故意又は過失により違法にこれをなしたものである旨主張するが、右主張は失当である。

(一) 奈良税務署職員が、民商事務局員の調査立会いを拒否した事実はあるが、右行為自体に何ら違法性は存しない。

すなわち、税務調査における質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられているものであるところ、第三者の立会いは、税務職員の守秘義務に反し、かつ非税理士に税理士業務を容認することになり税理士法違反の疑を生ずることからこれを認めることはできないのであるから、税務署職員が第三者の立会いを拒否することは当然の職務行為であつて、何ら違法性は存しない。

(二) 税務調査の際に第三者が立会いした場合、税務署職員がその退去を求めるに当り、退去させる根拠を告げなければならないという実定法上の定めはないのであるから、奈良税務署職員が加藤に退去を求めるに当りその根拠を告げなかつたとしても何ら違法ではない。

(三) 奈良税務署長は、原告の昭和四六年分ないし昭和四八年分の所得税の調査のため、部下職員をして昭和四九年一一月二七日以降六回にわたり原告宅に赴かせて事業に関する帳簿書類の提示を求めさせたが、原告は右提示要求にもかかわらず、帳簿書類を提示せず調査に協力しなかつた。そのため、奈良税務署長は、原告の得意先及び取引銀行を反面調査したところ、原告が奈良税務署長に提出した右各年分の所得税の青色申告決算書に記載されている収入金額が過少であるという事実を確認し得た。

そこで、奈良税務署長は、右確認事実に基づき本件各更正処分を行つたものであるが、その課税標準等の算定方法は、別表(三)の1、2に示したとおりである。

本件各更正処分が異議決定、裁決並びに行政訴訟における確定判決によつて一部取消しがなされたことは原告主張のとおりであるけれども、本件処分当時においては相当な根拠に基づいてなされたものであるから、奈良税務署長のなした本件各更正処分には故意、過失はない。見込み課税を行つたものでないことはいうまでもない。

(四) 奈良税務署長らが、堀川清藏に対し、原告の所得税申告内容を漏示したことはなく、原告に対する民主商工会からの脱会工作を依頼したこともない。又、堀川自身も原告に対し民主商工会からの脱会を働きかけたり圧力をかけた事実も全くない。

(五) 奈良税務署長が行つた青色申告の承認取消処分には何らの違法性もない。

奈良税務署長は、前記のとおり、原告の昭和四六年分ないし昭和四八年分の所得税調査のため、部下職員をして昭和四九年一一月二七日以降六回にわたり原告宅に臨場させ、原告に対し、再三再四にわたり所得税法一四八条一項に規定されている帳簿書類の提示を求めたにもかかわらず、原告はこれを無視し、右帳簿書類を当該税務職員に提示しなかつた。そこで奈良税務署長は、同法一四八条一項所定の帳簿書類の備付け等が欠如しているとして、同法一五〇条一項一号に基づき、原告に対する所得税の青色申告の承認を取消した。そして、同税務署長は右取消処分に当り、その理由を「所得税の青色申告の承認取消し通知書」に具体的に記載し、原告に通知している。右のとおり、原告には青色申告の承認を取消されるべき理由が存在し、その取消理由も明示されており、右取消処分は適法になされたものである。

2  消滅時効の主張

仮に、原告の被告に対する損害賠償請求権が発生しているとしても、右損害賠償請求権については既に消滅時効が完成しているから、被告は右時効を援用する。

すなわち、原告が本件各更正処分の通知書を受取つたのは昭和五〇年三月一日頃であるところ、原告は、右通知書を受取つた時に、それまでの原告方における税務調査の状況を振り返ることにより、本件各更正処分が、原告主張の如く、原告の帳簿書類を調査することなく行われたものであり、又、反面調査も全くなされないままに行われたものであつて、何ら根拠のない見込み課税であることを認識し得た筈であるから、原告は同日頃に本件各更正処分による損害の発生及び加害者を知つたものと認められる。そうすると、本件損害賠償請求権は、同日頃を起算日として三年間の経過により消滅時効が完成している。

仮に、右主張が理由がないとしても、本件各更正処分によつて原告の所得額が過大に認定され、右過大認定が不法行為となりうるのであれば、右認定が過大であるか否かは、売上帳、現金出納帳等の帳簿及び領収書、請求書等の原始記録を保持している原告において即座にこれを認識し得た筈のものであるから、遅くとも本件各更正処分にかかる税額、加算税の減額原因認定の殆んどを占める大阪国税不服審判所の裁決日である昭和五二年四月一五日には、これを認識した筈であり、同日を起算日として三年間の経過により消滅時効が完成している。

四、被告の主張に対する認否等

1  被告の消滅時効完成の主張は否認する。

原告は、本件各更正処分の通知書を受取つた段階においては、右更正処分が十分の根拠をもつてなされた内容の正しいものであるかどうかを確認することができなかつた。又、その段階では奈良税務署長が加害者であるかどうかも判然としていたわけではない。その後相当の根拠をもつて右更正処分がなされたことが明らかになれば、たとえ過大な更正であつても有責な更正処分とは言えない。加害者と言えるためには更正処分が違法かつ有責であることが判然としなければならない。

又、大阪国税不服審判所の裁決書においては大幅に奈良税務署長のなした本件各更正処分を取消し減額しているが、その理由、根拠ことに右税務署長がどの程度の客観的資料に基づき公正に本件各更正処分をなしたのかは原告にとつて殆んど明らかでなかつた。

原告において本件各更正処分が違法であり、かつ処分者が有責であると確定的に判明したのは、行政訴訟の判決が確定した昭和五八年七月頃のことである。すなわち、原告はその頃本件損害の発生及び加害者を認識したものというべきである。

被告の右主張は失当である。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。

二  次に、請求の原因第二項の事実は当事者間に争いがなく、右事実のほか、成立に争いのない甲第九四号証によると、本件各更正処分は、行政訴訟における控訴審の確定判決によつて、一部取消し、修正を受けた結果、本件各係争年分の総所得額につき、昭和四六年分において金八八万七六三二円、昭和四七年分において金五一万五〇一八円、昭和四八年分において金四八八万九六一九円という過剰分を認定していたことが認められるから、本件各更正処分は各係争年分の所得額の認定において違法であつたものといわねばならない。

三1  原告は、本件各更正処分は、奈良税務署長が奈良民主商工会に対する攻撃、弾圧の一環としてなしたものであり、又同署長が原告に対する右民主商工会からの脱会工作に失敗したために何らの根拠もなく懲罰的になしたものであつて、同署長による職権濫用の行為である旨主張する。

しかしながら、甲第五号証の一ないし三、同第六ないし第八号証、同第八五ないし第九三号証、第九五、第九六号証、同第九七号証の一、二、同第九八ないし第一〇一号証の各記載をもつてしても、亦、証人加藤宣之及び同日和佐穣甫の各証言並びに原告本人尋問の結果によつても右主張事実を認めるに足りず、他にこれを肯認するに足る的確な証拠はない。

2  以下、原告が本件各更正処分がなされるに至つた背景事情として主張する諸点について検討すると、次のとおりである。

(一)  成立に争いのない甲第一号証の一、二、同第二号証、同第四号証の一ないし三、同第一〇号証の一ないし三、同第一一号証、同第八四号証の一、二、同第九四号証(同第一号証の一、二、同第八四号証の一、二については原本の存在も争いがない)及び乙第一ないし第三号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証(同第九号証)、証人加藤宣之の証言並びに原告本人尋問の結果によると、原告は昭和四三年頃奈良税務署長から青色申告の承認を受け、本件において問題となつている昭和四六年分ないし昭和四八年分の所得税についても青色申告をしたこと、同税務署長は昭和四九年一一月二七日頃から右昭和四六年分ないし昭和四八年分の所得税の調査を始め、同日以降部下職員を原告宅に赴かせることになつたこと、原告は同年一二月初め頃奈良民主商工会に入会してので、原告に対する右所得調査について民商事務局員加藤宣之に対しその立会を求めたこと、その後同税務署の調査担当者である樋口事務官が同年一二月七日頃原告宅に調査に赴いた際、加藤が立会したが、樋口は若干の言葉を交わし、敢えて加藤の立会を忌避しなかつたが、次回からは担当者が同税務署の平林国税調査官に変るや加藤の立会、同席を断るようになり、その後昭和五〇年二月一九日まで四回にわたり右平林調査官あるいは鈴木上席国税調査官らが右税務調査のため原告方を訪れたが、いずれもその都度右調査官らにおいて立会を拒否したにかかわらず、加藤が原告と同席したため、右国税調査官らは原告方における調査をそれ以上実施しないままであつたこと、しかし同税務署長は、その後原告の取引金融機関及び得意先等を調査したこと、そして同税務署長は、右反面調査(主として右各係争年度における総所得金額についての調査)の結果に基づく推計により、原告提出の所得税青色申告決算書に記載されている所得額が過少であると認め、別表(三)の1、2に記載の如く課税標準等を算定した上、昭和五〇年三月一日で本件各更正処分をしたこと、なお、本件各更正処分に先立ち、同税務署長は、同年二月二七日付で、「原告の昭和四六年分ないし昭和四八年分の所得税調査のため、前記国税調査官らが昭和四九年一一月二七日以降昭和五〇年二月一九日まで前後六回にわたり原告宅に赴き事業に関する帳簿書類の提示を求めたが、原告からその提示がなかつた。右は所得税法一四八条一項所定の義務に違反する」として、同法一五〇条一項一号により昭和四六年分に遡り右青色申告の承認を取消し、右理由を記載した「所得税の青色申告の承認取消し通知書」を原告に宛てて送付したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない(奈良税務署員が民商事務局員の調査立会を拒否したこと及び原告に対する青色申告承認の取消しがなされたことは、当事者間に争いがない)。

そこで、右事実に基づいて考えるに、本来、税務調査における質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的選択に委ねられているものと解するのが相当であるから、調査に第三者を立会わせるかどうかも調査担当者の裁量に委ねられているというべく、前記国税調査官らが原告方に調査に訪れた都度、民商事務局員加藤の立会を拒否したとしてもこれを違法視することはできないし、又、税務調査の際立会した第三者に対し、税務署職員がその退去を求めるに当り立会を拒否し退去させる根拠を告知すべき実定法上の定めはないから、前記国税調査官らが右加藤に対し立会を拒否し退去を求めるに当りその根拠を告げなかつたとしても何ら違法性はない。そして、前記国税調査官らが原告宅へ税務調査に訪れた都度、民商事務局員の立会を拒否したのにもかかわらず、同事務局員加藤が立会したため、それ以上原告方における調査を進めないで、原告の取引金融機関や得意先等の調査をし、その結果に基づいて推計を行つたとしても、推計の必要性を欠くのにかかわらず敢えてなされた推計であるとの非難をすることはできない。

又、右事実によれば、原告に対する青色申告の承認の取消についても、取消し事由の存したことが推認されるのであり、取消し理由の付記の点においても欠けるところはないから、右青色申告の承認取消しが違法であると断ずることはできない。

そして、前叙認定の本件各更正処分がなされるに至つた経緯によると、奈良税務署長は、原告提出の係争年分に関する前記各申告書に記載された所得額と調査の結果判明するに至つた所得額との間に相違があつたので、右調査結果に基づき国税通則法二四条に則り本件各更正処分をなしたものであり、何らの根拠もなく本件各更正処分をなしたものということはできない。

(二)  なお、証人尾村奈良菊及び同堀川清藏(ただし、後記惜信しない供述部分を除く)の各証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると、原告及び母親の尾村奈良菊の両名が、昭和四九年一二月一四日頃、当時大阪市内の東税務署第三統括国税調査官であり親類筋に当る堀川清藏方を訪れ、前記の税務調査を受けている件について相談を持ちかけた際、同人から、原告が民商に入会しているのならば脱会するように強く勧告を受けたことがあることが認められ、右に認定に反する証人堀川清藏の供述部分はにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しかしながら、堀川が当時の奈良税務署長篠原秀峰ないし大西統括国税調査官の依頼ないし指示を受け、同人らと共謀しあるいは意を通じて原告に対し民商の脱退勧告等の脱退工作を行つたと認めるに足る的確な証拠はない。

3  以上のとおりであるから、本件各更正処分が、その後の審査請求における裁決ないし行政訴訟における確定判決の結果との間において、各係争年分の所得額の認定を著しく異にするものであるけれども、本件各更正処分をもつて奈良税務署長が奈良民主商工会に対する攻撃の一環としてなした処分、あるいは原告に対する民商からの脱会工作に失敗したために懲罰的になした処分であつて、職権濫用の行為であるということはできない。

すなわち、本件各更正処分を目して、国の公権力の行使に当る公務員である奈良税務署長が、その職権を行うについて、故意又は過失によつて違法になした不法行為に当ると断ずることはできないのである。

四  よつて、奈良税務署長の不法行為を前提とする本件損害賠償の請求は、爾余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 諸富吉嗣)

<省略>

主文

一 原判決を次のとおり変更する。

二1 被控訴人が控訴人の昭和四六年分、昭和四七年分及び昭和四八年分の所得税につき、昭和五〇年三月一日付でなした昭和四六年分総所得額を金二一七万六五四一円(異議決定により金一九二万一四〇二円、審査請求裁決により金一五四万二六〇〇円)、昭和四七年分総所得額を金一三七万八五六五円(異議決定により金一二七万八三八四円)及び昭和四八年分総所得金額を金六四六万四三二〇円(異議決定により金六一六万九一五五円、審査請求裁決により金二〇五万一二七三円)とした更正処分のうち、昭和四六年分につき金一二八万八九〇九円、昭和四七年分につき金八六万三五四七円、昭和四八年分につき金一五七万四七〇一円をそれぞれ超える部分及びこれらに対応する加算税の各賦課処分をいずれも取消す。

2 控訴人のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用は第一・二審を通じこれを三分し、その二を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

<省略>

収入金額明細書

<省略>

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